こあら病院の眼科部長から、眼底三次元画像解析機を購入したいという希望が出ました。
価格は1000万円です。
さて、あなたが病院長なら、どう考えるでしょうか。
経営会議の場で、こういう議案が出ることがあります。
診療科の部長からは「診療に必要です」と言われる。
事務長からは「価格は1000万円です」と説明される。
現場としては欲しい。けれど、病院としては簡単に買ってよい金額ではありません。
このとき、院長がまず確認したくなる数字があります。
それが、損益分岐点です。
今回は、医療経営士2級の試験にも出てきそうな、病院経営の計算を2つ扱います。
1つ目は、医療機器購入の損益分岐点。
2つ目は、平均在院日数と新入院患者数の関係です。
どちらも、計算そのものはそこまで難しくありません。
でも、実際の病院経営で考えると、単なる計算問題では終わりません。
※この記事の数字は、考え方を説明するための架空例です。実際の診療報酬点数や施設基準とは異なります。
① 医療機器購入の損益分岐点
まずは、医療機器の購入判断です。
眼底三次元画像解析機の価格が1000万円(固定費)だとします。
1回検査をすると、7000円の収入がある。
一方で、その検査を1回行うたびに、消耗品、電気代、追加で発生する人件費などが1000円(変動費)かかるとします。
この場合、検査1回あたり、固定費(1000万円)の回収に使えるお金は、
7000円 − 1000円 = 6000円
です。
この6000円は、会計の言葉では「限界利益」と呼ばれます。英語では contribution margin です。直訳すると分かりにくいですが、「固定費の回収に貢献するお金」と考えると理解しやすいと思います。つまり、1回検査をするごとに、6000円ずつ機器代を回収していくイメージです。
眼底三次元画像解析機の購入費用が1000万円であれば、
1000万円 ÷ 6000円 = 1666.66…
となります。
つまり、1666回までは、まだ購入費用を回収できていません。
1667回目の検査で、ようやく1000万円をほぼ回収できる計算になります。
その後も検査件数が維持できれば、1回検査するたびに、6000円分ずつ病院の収支を押し上げることになります。
これが、この医療機器購入における損益分岐点です。
年間500回なら、3年ちょっとで元が取れる
次に、事務長がこう説明したとします。
「眼科部長によると、年間500回くらいは検査をする見込みです」
この場合、1667回の検査を行うには、
1667回 ÷ 500回 = 約3.3年
かかります。
つまり、年間500回の検査が本当に行われるなら、3年ちょっとで購入費用を回収できる計算になります。
ここまで聞くと、
「それなら買ってよいのではないか」
と思うかもしれません。
たしかに、数字だけを見ると悪くありません。
1000万円の機器を買って、3年ちょっとで回収できる。
その後も検査件数が維持できれば、病院経営上はプラスに見えます。
ただ、院長の判断は、ここで終わりません。
まず、年間500回という見込みが、本当に現実的なのかを確認する必要があります。
過去1年間で、同じような検査は何件あったのか。
その機器がないことで、外部に紹介していた患者さんは何人いたのか。
検査が必要だったのに、できずに困った場面はあったのか。
月ごとの件数に波はないのか。
こうした実績を見ないまま、「年間500回できそうです」という言葉だけで判断するのは、少し危うい。
次に、診療体制です。
その機器を誰が使うのか。
検査技師は対応できるのか。
眼科医が読影し、患者さんに説明する時間は確保できるのか。
眼科部長がいない日でも、機器は活用されるのか。
診療科として、数年後も使い続けられる体制があるのか。
医療機器は、買った瞬間に価値を生むわけではありません。
使い続ける人と、使い続ける仕組みがあって、初めて価値を生みます。
そして、もう一つ大事なのが、病院全体の優先順位です。
1000万円あれば、別の医療機器を買えるかもしれません。
採用広報に使えるかもしれない。
院内の環境整備に回せるかもしれない。
患者さんの導線改善や、職員の働きやすさに投資する選択肢もあります。
経営会議で問われているのは、
「今、この病院が1000万円を使う先として、ここが最も自然なのか」
という事です。
② もう一つの計算 平均在院日数と新入院患者数
次に、平均在院日数の話です。
医療経営士2級では、平均在院日数と新入院患者数の関係を問う計算が出ることがあります。
たとえば、こあら病院に急性期病棟が120床あるとします。
現在の病床利用率は90%。
平均在院日数は18日です。
この病院が、病床利用率90%を維持したまま、平均在院日数を12日に短縮したいと考えたとします。
さて、この場合、1日あたりの新入院患者数を何人増やす必要があるでしょうか。
まず、平均入院患者数を出す
120床の病床利用率が90%なので、平均して入院している患者さんの数は、
120床 × 90% = 108人
です。
つまり、この病院では、毎日だいたい108人の患者さんが入院している状態です。
ここまでは、分かりやすいと思います。
では、この108人の入院患者数を、平均在院日数18日で維持するには、1日あたり何人の新入院患者さんが必要でしょうか。
「毎日何人退院しているか」から考える
病棟には平均108人の患者さんが入院しています。
平均在院日数が18日ということは、ざっくり言えば、この病棟の患者さんは18日で一回転する、ということです。
つまり、18日間で108人ぶんの患者さんが退院していく。
そう考えると、1日あたりの退院患者数は、
108人 ÷ 18日 = 6人
です。
この病棟では、平均すると毎日6人くらいの患者さんが退院している。
そう考えると、少し見えやすくなります。
病床利用率を維持するには、退院した人数と同じだけ、新しい患者さんが入院してくる必要があります。
毎日6人退院するなら、毎日6人入院する。
そうすれば、病棟の入院患者数は平均108人前後で保たれます。
したがって、平均在院日数18日で、平均入院患者数108人を維持するには、1日あたり6人の新入院患者さんが必要になります。
平均在院日数を12日に短縮するとどうなるか
では、平均在院日数を12日に短縮したらどうなるでしょうか。
病床利用率90%は維持したい。
つまり、平均入院患者数108人は維持したい、という条件です。
平均在院日数が12日ということは、病棟の患者さんは12日で一回転する、ということです。
つまり、12日間で108人ぶんの患者さんが退院していく。
そう考えると、1日あたりの退院患者数は、
108人 ÷ 12日 = 9人
です。
毎日9人退院するなら、病床利用率を維持するには、毎日9人入院してくる必要があります。
平均在院日数18日のときは、1日あたり6人。
平均在院日数12日のときは、1日あたり9人。
つまり、病床利用率90%を維持したまま、平均在院日数を18日から12日に短縮するには、1日あたり新入院患者数を3人増やす必要があります。
計算としては、
9人 − 6人 = 3人
です。
こあら先生のひとりごと
病院は、ホテルや飛行機と同じように、固定費が大きい業態です。
建物も、人件費も、医療機器も、患者さんが多い日だけ発生するわけではありません。だからこそ、限られた病床や設備を、きちんと活かし切ることが経営の基本になります。
ただし、急性期病院では、単に病床を埋めればよいわけではありません。
平均在院日数は短くなる方向にあり、重症度、医療・看護必要度、救急受け入れ、退院支援、地域連携など、いくつもの要素が絡みます。
平均在院日数を短くするなら、その分だけ新入院患者さんを受け入れる力が必要になる。
今回の計算で出てきた「1日3人増」という数字は、机上では小さく見えます。しかし、年間で考えると1000人以上の新入院増です。
これは、かなり大きい。
だからこそ、平均在院日数と新入院患者数の関係は、医療経営士2級の試験に出やすいのだと思います。単なる計算問題ではなく、病院経営そのものを表している数字だからです。