「甲状腺ホルモンが下がっているのに、TSHが上がりません」

バセドウ病を治療していると、こんな採血結果に出会います。

甲状腺ホルモンのFT4は順調に下がり、基準範囲に入っている。さらに下がって、下限を割ってしまうこともあります。それなのに、TSHは測定下限未満のままです。

甲状腺ホルモンが足りなければ、TSHは上がる。そう習っていますから、この組み合わせには違和感があります。

「本当にバセドウ病なのだろうか」

そう考えたくなる気持ちも分かります。ただ、これはバセドウ病の治療中によく出会う経過です。僕は総合内科医ですが、何度も経験しています。

TSHの回復には、時間がかかるのです。

FT4が低いのにTSHも低い

ある患者さんは、TSH受容体抗体が陽性で、甲状腺シンチグラフィも確認したうえでバセドウ病と診断され、9月からメルカゾール(チアマゾール)による治療が始まりました。

治療開始前のFT4は3.16ng/dLと高値でしたが、治療によって順調に低下。10月には基準範囲に入り、12月11日には0.68ng/dLと、基準範囲を下回りました。

ところが、TSHはずっと0.01μIU/mL未満です。治療を始めて3か月ほどたっても、測定下限未満のままでした。

FT4が低いのに、TSHも低い。

この場面では、メルカゾールを減らします。

TSHが低いという理由だけで同じ量を続けると、甲状腺ホルモンをさらに下げてしまうからです。

TSHの分泌は、遅れて回復する

TSH(甲状腺刺激ホルモン)は、下垂体から分泌され、甲状腺にホルモンを作るよう働きかけます。血液中の甲状腺ホルモンが増えると、TSHの分泌にはブレーキがかかります。

バセドウ病では、甲状腺ホルモンが過剰に作られ、このブレーキがかかった状態になっています。

薬で甲状腺ホルモンが下がっても、抑えられていたTSHの分泌が元に戻るまでには時間がかかります。治療開始後、数か月間、TSHが低いままという経過があるのです。

これがTSH回復遅延です。TSH lagと呼ぶ先生もいます。

FT4が下がる速さと、TSHが回復する速さは違う。同じ日の採血結果に並んでいるので、ここを忘れやすいのだと思います。

治療初期の薬の調整は、TSHよりFT4を見て進める

TSHの回復を待っている間も、甲状腺ホルモンの値を見ながら薬を調整します。治療初期に指標とするのは、FT4・FT3です。

これは経験だけの話でもありません。

日本甲状腺学会の『バセドウ病治療ガイドライン2019』にも、治療開始後はTSHの抑制が数か月続くことがあるため、治療開始直後はFT4をモニターする必要があると記載されています。

米国甲状腺学会の2016年ガイドラインにも、TSHは治療初期の効果判定に適さないという説明があります。

先ほどの患者さんは、翌1月8日になって、TSHが0.26μIU/mLまで上がってきました。まだ基準範囲には届いていませんが、ようやく回復が見えてきました。

ただ、その時点でもFT4は0.52ng/dLと低く、メルカゾールはさらに減らす場面でした。

TSHの回復を待つことと、薬の減量を待つことは、分けて考えています。

秘書ユナのコメント

こあら先生が紹介した「TSH回復遅延」は、バセドウ病の治療初期に知っておきたい現象です。

臨床上、補足しておきたいことが2つあります。

まず、FT4だけでなく、FT3も確認します。FT4が正常化しても、FT3が高い状態が残ることがあるためです。

もう1つは、TSHの分泌が回復した後には、TSHも薬の調整に役立つということ。同じTSHの低値でも、治療開始直後なのか、いったん正常化した後なのかで、読み方が変わります。

参考文献

・日本甲状腺学会編『バセドウ病治療ガイドライン2019』BCQ5「抗甲状腺薬の減量方法は?」47〜48頁。

バセドウ病治療ガイドライン2019

・Ross DS, et al. 2016 American Thyroid Association Guidelines for Diagnosis and Management of Hyperthyroidism and Other Causes of Thyrotoxicosis. Thyroid. 2016;26:1343-1421. [E6] Monitoring of patients taking ATDsのところ。

https://doi.org/10.1089/thy.2016.0229