「心臓の弁を取り替える手術を受けたことがあります」
病棟や外来で、患者さんからこんなお話を聞くことがあります。そのとき、もう一歩確認したいのが、使われている人工弁の種類です。
人工弁には、大きく分けて「機械弁」と「生体弁」があります。この違いは、術後の抗凝固療法に直結します。特に押さえておきたいのは、機械弁では、生涯にわたるワルファリンによる抗凝固療法が必要になるということです。
機械弁と生体弁は材料と耐久性が違う
機械弁は、カーボンなどの人工材料でつくられた弁です。長期の耐久性に優れていることが、大きな特徴です。
一方、生体弁は、主にウシの心膜やブタの大動脈弁など、動物の組織を加工してつくられます。心膜は、心臓を包んでいる膜のことです。生体弁は年月とともに変性や石灰化が進み、再治療が必要になることがあります。
| 比較する点 | 機械弁 | 生体弁 |
|---|---|---|
| 主な材料 | カーボンなどの人工材料 | ウシの心膜やブタの大動脈弁など |
| 耐久性 | 長期の耐久性に優れる | 経年劣化により再治療が必要になることがある |
| 弁自体を理由とする生涯の抗凝固療法 | ワルファリンが必要 | 原則として不要。ただし術後早期や別の適応には注意 |
この違いを踏まえ、年齢、出血のリスク、将来の再治療、服薬や通院を続けられるか、ご本人の希望などを考えて弁を選びます。
なお、生体弁には、弁を支える枠である「ステント」をもたない、ステントレス生体弁もあります。動物の組織に医療用の処理を施して使います。
機械弁でワルファリンが必要になる理由
機械弁では、人工物の表面や弁の周囲の血流に関連して、血栓ができるリスクがあります。血栓によって弁の動きが妨げられたり、血栓が流れて脳などの血管に詰まったりすることを防ぐ必要があります。
そのために使うのが、**ワルファリン(商品名:ワーファリン)**です。
機械弁が入っている場合、手術から長い年月が経っていても、長期的にはワルファリンによる抗凝固療法を続けます。定期的にPT-INRを測定し、薬の効き具合を確認することも必要です。
PT-INRの目標は、弁の種類や位置、血栓塞栓症のリスクなどによって異なります。薬の名前に加えて、その患者さんに設定された目標値まで把握しておくと、検査結果を適切に評価しやすくなります。
機械弁にDOACを使わない理由
「ワルファリンの代わりに、DOACは使えないのでしょうか」
DOACは、直接経口抗凝固薬のことです。心房細動の患者さんなどでよく使われますが、機械弁の血栓予防には使いません。機械弁を対象とした臨床試験で、問題が示されているためです。
2013年に報告されたRE-ALIGN試験では、機械弁の患者さんを対象に、ダビガトランとワルファリンを比較しました。結果は、ダビガトラン群で血栓塞栓症と出血が多く、試験は途中で中止されました。
2023年に報告されたPROACT Xa試験では、On-Xという大動脈機械弁の植え込みから3か月以上が経過した患者さんで、アピキサバンとワルファリンを比較しています。アピキサバン群で血栓塞栓症が増え、この試験も早期に中止されました。
こうした結果も踏まえ、現在も機械弁ではワルファリンが基本です。
生体弁でも抗凝固療法が必要な場面がある
生体弁については、「原則として、長期の抗凝固療法は不要」と説明されることがあります。
ここでいう「不要」は、生体弁が入っていることだけを理由に、生涯の抗凝固療法を続ける必要は通常ないという意味です。
例えば、手術後の早い時期には抗凝固療法が必要になることがあります。また、心房細動など、人工弁とは別に抗凝固療法の適応がある場合には、薬を続ける必要があります。
術後の抗血栓療法は、弁の位置や術式、術後の時期、併存疾患によって異なります。「生体弁だから」という理由だけで薬の要否を判断せず、退院時の方針や現在の処方目的を確認しましょう。
ワルファリンを見たら処方の理由を確認する
ワルファリンを飲んでいる患者さんに出会ったら、「機械弁が入っているのかな」と考えることは、既往を確認するよいきっかけになります。
ただし、ワルファリンを飲んでいることだけで、機械弁と決めることはできません。
機械弁以外にも、ワルファリンが必要になる病態があるからです。例えば、中等度以上の僧帽弁狭窄症に伴う心房細動では、ワルファリンが用いられます。
お薬手帳でワルファリンを見つけたら、「何の病気に対して処方されているのか」「弁の手術歴はあるか」と確認を進めていく。このひと手間が、薬の変更や中断を検討するときの判断につながります。
弁の種類は手術記録で確かめる
では、機械弁と生体弁は、診察で見分けられるのでしょうか。
機械弁では、開閉に伴う「カチッ、カチッ」という音が聞こえることがあります。胸部X線で人工弁の形が手がかりになることもあります。ただし、聴診や胸部X線の印象だけで、弁の種類を断定しないことが大切です。
生体弁にも金属の支持構造をもつものがあるため、「金属のリングが見えるから機械弁」という判断はできません。
確認には、手術記録、退院時サマリー、診療情報提供書、人工弁のカードなどを使います。手元の情報で分からなければ、手術を行った医療機関に問い合わせ、記録を取り寄せましょう。
診療を引き継ぐ場面では、次の情報をそろえておくと役立ちます。
- どの弁を治療したのか:大動脈弁、僧帽弁など。
- どのような治療だったのか:弁置換術、弁形成術、カテーテル治療など。
- どの人工弁が入っているのか:機械弁か生体弁か、製品名、サイズ。
- いつ治療したのか:手術・治療の日付。
- 抗凝固療法の方針は何か:処方の理由、継続期間、ワルファリンなら目標PT-INR。
人工弁の種類、サイズ、手術日などは、その後の心エコーによる評価でも必要になる情報です。可能なら、術後の基準となる心エコー所見も一緒に確認しておきます。
「弁の手術をした」という既往から、もう一歩踏み込んで、弁の種類と治療の目的を確かめる。
機械弁と生体弁の知識は、この確認までつながってこそ、日々の診療や看護に生きてきます。
こあら先生のひとりごと
例えば、こんな患者さんがいたとします。
独身の男性。中年の頃に東京の◯◯ハートセンターで人工弁置換術を受けた。
高齢になって静岡の実家に戻り、近くの◯◯循環器内科医院に通院するようになった。
数年後、◯◯循環器内科医院の先生も高齢となり、クリニックは閉院。紹介状を書いてもらって、自宅のそばにある◯◯内科・整形外科クリニックに通うようになった。
ある日、本人から電話を受けた友人が自宅を訪ねると、動けなくなっている本人を発見。救急車を呼び、隣町の◯◯総合医療センターに搬送された。
担当した研修医がカルテを確認すると、「人工弁置換術後」と書かれている。しかし、機械弁なのか生体弁なのか、よく分からない。
こういうとき、何十年も前に手術を行った東京の◯◯ハートセンターに問い合わせて、手術記録を取り寄せる。
これも、研修医の仕事の一つなんですよね。
参考文献
1.RE-ALIGN試験
Eikelboom JW, et al.
Dabigatran versus Warfarin in Patients with Mechanical Heart Valves.
N Engl J Med. 2013;369(13):1206–1214.
PubMed
最終閲覧日 2026年10月28日
2.PROACT Xa試験
Wang TY, et al.
Apixaban or Warfarin in Patients with an On-X Mechanical Aortic Valve.
NEJM Evid. 2023;2(7):EVIDoa2300067.
PubMed
最終閲覧日 2026年10月28日