発熱と胸痛があり、「胸膜炎ではないか」と紹介された患者さんを考えてみます。
単純CTには、少量の左胸水があります。
熱がある。胸が痛い。胸水もたまっている。確かに、胸膜炎は考えます。
ただ、私は左胸水を見た時点で、一度立ち止まります。
胸部大動脈破裂。
胸部大動脈解離。
食道破裂。
こうした病気を考えずに、「胸膜炎ですね」で話を終えたくないのです。
私にとって左胸水は、縦隔で何か起きていないか、確かめにいくきっかけです。
縦隔と胸腔は、薄いレースのカーテン
縦隔は、左右の肺の間にある空間です。心臓や大血管、食道などがあります。
胸部下行大動脈は、背骨の左側を通っています。そのすぐ隣には、左の胸腔がある。食道も縦隔を通り、胸腔に近接しています。
この位置関係を、私は「薄いレースのカーテン」のようなものだと考えています。
縦隔と胸腔は、分厚い壁で完全に隔てられているわけではありません。大動脈や食道で起きた異常の影響は、隣の胸腔に及ぶことがあります。
大動脈からの出血や、大動脈解離に伴う周囲の炎症。それが左胸水として現れることがあります。食道破裂でも、食道の外へ漏れた内容物や炎症が、縦隔から胸腔へ広がります。
胸水は、肺や胸膜だけを見ていれば原因がわかるとは限らないのです。
左胸水を見たら、縦隔も見る
左胸水に気づいたら、私は同じ単純CTを、少し違う目で見直します。
大動脈の内膜にある石灰化が、血管の中心側へ押されていないか。大動脈の壁に沿って、血腫を疑わせる三日月状の白い部分がないか。大動脈の周囲に、血液がたまっているような所見はないか。
内膜石灰化の内側偏位や、壁に沿った高吸収域は、単純CTでも拾える大動脈疾患の手がかりです。
胸水そのものも見直します。
「水にしては、少し白くないか」
単純CTで通常の胸水より白く見えるなら、血液が混じっている可能性を考えます。単に「胸水あり」と読むのと、「血胸かもしれない」と考えて読むのとでは、次に確認する場所が変わります。
病歴も聞き直します。
胸痛は突然始まったのか。始まった瞬間から強かったのか。背中にも痛みがあったのか。痛みの前に、激しい嘔吐はなかったか。
大動脈や食道の病気を疑うと、聞きたいことも変わってきます。
造影CTを撮る前に、疑う
大動脈の破裂や解離を疑ったとき、診断を確かめ、病変の範囲や出血の状態を調べる中心になるのは造影CTです。
ただ、造影CTは、何も考えなくても自動的に追加される検査ではありません。
「発熱と胸痛があり、胸水もある。胸膜炎だろう」
その判断で検査を終えれば、大動脈を詳しく調べるところまで進まないかもしれません。
左胸水を見た段階で、大動脈や食道の異常を思い浮かべる。縦隔を見直し、病歴を聞き直す。その結果として、造影CTなどの次の検査が選ばれます。
だから、単純CTの左胸水に気づいた時点で、診療はすでに分かれ道に立っています。
「少しだけだから」と、胸水の量だけで安心したくはありません。
ちなみに、こあらは視力があまりよくありません。近眼です。
目がいいから、気づけるわけではありません。
左胸水は要注意だと知っているから、そこで一度立ち止まるのです。
秘書ユナのコメント
「左胸水は常に異常」は、こあら先生が診療で使っている注意の向け方です。胸水の左右だけで原因は決まらず、右胸水でも重大な病気はあります。ここでは、とくに胸痛などを伴う原因不明の左胸水から、縦隔の病気を考える場面を扱っています。
大動脈解離に伴う胸水には、血性のものと、炎症に伴うものがあります。左胸水があるだけで、破裂しているとは言えません。
検査については、単純CTでも大動脈疾患の手がかりが得られますが、所見が乏しくても疑いが残れば、造影CTなどによる評価が必要です。食道破裂では、造影CTに加えて食道造影などを組み合わせることもあります。
こあら先生のひとりごと
左胸水っていうのは、例えば、こんな感じです。
Radiopaedia: Traumatic thoracic aortic rupture
https://radiopaedia.org/cases/traumatic-thoracic-aortic-rupture?lang=us
参考文献
(1)日本循環器学会ほか.2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン。
(2)Hata N ほか.Clinical significance of pleural effusion in acute aortic dissection(急性大動脈解離における胸水の臨床的意義)。Chest、2002年。
(3)Chirica M ほか.Esophageal emergencies:WSES guidelines(食道救急疾患に関するWSESガイドライン)。World Journal of Emergency Surgery、2019年。
(4)Liu F ほか.Differentiate pleural effusion from hemothorax after blunt chest trauma(鈍的胸部外傷後の胸水と血胸の鑑別)。Journal of Acute Medicine、2016年。