架空の話ではありますが、以前、院長から、こんな仕事を頼まれました。

「理事長が、もっとベッドを埋めろと言っているんだ。僕も、救急車で来た患者さんの入院率が低いことは問題だと思っている。先生方に文書でお願いする予定だから、説得力が増すようなグラフを作ってくれない?」

僕は、

「了解しました」

と答えました。

そして、すぐにデータを探し始めました。

小一時間かけて作ったグラフ

僕が考えたのは、

「救急車で来て入院した患者さんが増えれば、病院全体の平均入院患者数も増える」

ということを示すグラフでした。

横軸を「救急車からの入院患者数」、縦軸を「平均入院患者数」にして、散布図を作りました。

グラフには、きれいな右肩上がりの線が引かれました。

これは、なかなか説得力がある。

そう思いました。

小一時間ほどかけて完成させ、院長のところへ持っていきました。

すると、院長はグラフを見て言いました。

「救急車からの入院が増えても、普通の外来からの入院が増えても、平均入院患者数は増えるよね」

「これでは、当たり前のことを言っているだけじゃない?」

確かに、そのとおりでした。

僕が作ったグラフは、間違ってはいません。

けれども、院長が必要としていたグラフでもありませんでした。

グラフの前に、知っておくことがあった

もう一度、院長と話をしました。

院長が考えていたのは、単に入院患者数を増やすことだけではありませんでした。

救急車で来た患者さんを、できるだけ自院で診療する。

入院が必要な患者さんには、そのまま入院してもらう。

それは患者さんの安全にもつながります。

病院経営の面では、救急車から入院した患者さんと、ほかの経路から入院した患者さんとで、平均入院日数に違いがあるのかを示せれば、先生方への説明にも使えます。

そこで今度は、入院経路別の平均入院日数を比較する、簡単な棒グラフを作りました。

院長に見せると、

「こういうグラフが欲しかったんだ」

と言ってもらえました。

グラフを作る技術が、急に上達したわけではありません。

最初のグラフと2つ目のグラフの違いは、院長が誰に何を伝えようとしているのかを、僕が理解していたかどうかでした。

「10部コピーしてください」の奥にあるもの

仕事の依頼は、作業の形で伝えられることが多いものです。

「グラフを作ってください」

「数字を調べてください」

「この書類を10部コピーしてください」

頼まれたことだけを見れば、書類を10枚コピーすれば、仕事は終わりです。

けれども、何のために使う書類なのかを聞いてみると、

「他の病院の院長先生が10人集まる会議で配る」

ということかもしれません。

それならば、いつものコピー用紙より少し厚い紙のほうがよいのか、片面印刷と両面印刷のどちらが読みやすいのか、綴じたほうがよいのか。

考えることが少し変わります。

ただし、良かれと思って、黙って高価な紙を使えばよいという話でもありません。

「少し厚めの紙にしましょうか」

と、ひと言確認すればよいのだと思います。

目的を共有するとは、上司の考えを推測して当てることではありません。

分からないところを、短い会話で埋めておくことです。

少しできたところで、見せてみる

それ以来、仕事を頼まれたときは、手を動かす前に少し確認するようになりました。

「この仕事は、何のために行うのでしょうか」

「どのような成果物を想定していますか」

そして、全部完成してから見せるのではなく、少しできたところで、

「この方向でよいでしょうか」

と確認する。

最初に目的を聞くことも、途中で見せることも、仕事を遅くするように見えるかもしれません。

けれども、最初の数分で、小一時間のやり直しを防げることがあります。

仕事の速さは、手を動かす速さだけでは決まらないようです。

最初の数分だけ、同じ方向を向いておく。

仕事のコツは、案外そのくらいのところにあるのかもしれません。

こあら先生のひとりごと

逆に言えば、目的のよく分からない仕事に、律儀に全力を注ぐ必要もないのでしょう。

まずは目的を聞く。それでも分からなければ、断るか、深追いしない。

人生の時間は有限です。

小一時間かけて当たり前のグラフを作った僕は、そう思います。