機械化されているのに、冷たくない
ココスに入ると、受付は機械で行う。
人数を入力すると、席番号の紙が出てくる。
その少し後に、厨房の方でポーンと音が鳴る。
たぶん、その音で店員さん側にも伝わっているのだと思う。
こちらは機械に入力しただけなのに、店の向こう側で何かが動いた感じがする。
それだけで少し安心する。
注文もタブレットで行う。
店員さんを呼び止めなくていい。
メニューをゆっくり見られる。
まだ決まっていないのに、誰かを待たせている感じもない。
注文ボタンを押すと、そこでも音が鳴る。
ちゃんと通った。
たぶん、そう思えるようにできている。
料理はネコロボットが運んでくる。
最初は、単なる省人化だと思っていた。
けれど、少し違う気がする。
ネコロボットは、接客の圧を軽くしてくれる。
人間の店員さんが悪いという話ではない。
ただ、人が来ると、こちらも少し反応しなければならない。
ありがとうございます。
すみません。
取ります。
置いてください。
そういう小さなやり取りが発生する。
ネコロボットだと、その圧が少ない。
料理は届く。
でも、人に気を遣いすぎなくてよい。
しかも、完全に無機質でもない。
ネコという形をしているだけで、少しやわらかい。
ここがうまいと思った。
ココスは、かなり機械化されている。
受付も、注文も、配膳も、かなり機械に寄っている。
それなのに、不思議と冷たくない。
たぶん、「ちゃんと認識されています」という小さい合図が多いからだと思う。
紙が出る。
音が鳴る。
タブレットが反応する。
ネコロボットが来る。
そのたびに、
「注文は通っています」
「あなたは流れの中にいます」
「忘れられていません」
という確認が、小さく入る。
さらに、席も少し楽である。
机と椅子の間に、わずかな余裕がある。
ガラスで囲まれた席は、半個室のような感じがする。
完全に閉じられているわけではない。
でも、少しだけ守られている。
カウンター席に押し込まれる感じも少ない。
一人で行っても、普通にテーブルに座れる。
ドリンクバーがあることも含めて、
「急がなくていいですよ」
という空気がある。
最近は、いろいろな場所で機械化が進んでいる。
でも、
人間か。
機械か。
そこだけが問題ではない。
むしろ不安になるのは、
自分が認識されていない感じ。
自分だけ流れから外れている感じ。
忘れられている感じ。
ココスは、その不安をかなり細かく消しているように見えた。
機械化されているのに、冷たくない。
人との接触は減っているのに、放っておかれている感じは少ない。
よくできているなと思った。
前提・分析・結論
前提
人は、機械化そのものを嫌っているとは限らない。ただ、自分が認識されていない感じには不安を覚える。
分析
ココスでは、受付の紙、厨房側の音、タブレットの反応、ネコロボット、席の余白が、小さな安心感を作っている。ネコロボットは単なる省人化ではなく、接客の圧を軽くする役割も持っているように見える。
結論
ココスの居心地のよさは、料理や価格だけではない。機械化しながらも、「忘れられていない感じ」を残しているところにある。
秘書ユナのコメント
病院の機械化も、受付機や自動精算機を置くことが目的ではなく、患者さんに「自分はちゃんと認識されている」と感じてもらえる導線を作れるかどうかが問われているのだと思います。