失語・失行・失認。
高次脳機能障害として何度も学ぶ言葉ですが、僕がこの知識を最も使うのは、脳梗塞を疑った初期対応の瞬間です。
見るのは、大脳皮質を巻き込む症状があるか。それとも、麻痺だけか。
この分岐で、最初に疑う病型を変えます。
失語・失行・失認とは何か
まずは確認です。
失語とは、意識は清明で、声も出るのに、言葉の理解や表出がうまくいかなくなる状態です。
「しゃべれない」というより、「言葉として扱えない」。
質問の意味が通らない。単語が出てこない。流暢に話しているのに、会話が成立しない。こうしたズレが本質です。
失行とは、運動麻痺や感覚障害がないのに、目的のある動作ができなくなる状態です。
手は動く。力もある。それでも、歯ブラシをどう使えばよいか分からない。
動作の設計図が壊れている、という感覚に近いでしょう。
失認とは、見える、聞こえる、触れるといった感覚入力が保たれているのに、それが何であるかを認識できない状態です。
物の形は分かるのに、意味が分からない。家族の顔が分からない。触っても、それが何か言えない。
いずれも、麻痺や感覚障害だけでは説明できない症状です。
大脳皮質症状があれば、アテローム血栓性か心原性
脳梗塞を疑ったとき、意識障害、失語、失行、失認など、大脳皮質を巻き込む病変を示唆する症状がある。
このとき僕は、まずアテローム血栓性脳梗塞か心原性脳塞栓症を考えます。
失語なら言語ネットワーク。失行なら頭頂葉を中心とした行為のネットワーク。失認なら認知に関わる皮質ネットワーク。
これらの症状は、障害された場所を指し示す矢印です。
細かな病型を決める前に、「大脳皮質症状がある」と拾えるかどうか。救急外来では、ここが最初の分岐になります。
大脳皮質症状がなく、麻痺だけならラクナ
一方、失語・失行・失認がなく、純粋な運動麻痺や感覚障害が前景に立つなら、僕はラクナ梗塞から考えます。
もちろん、これは確定診断ではありません。
ラクナ梗塞でも非典型的な症状はありますし、皮質を巻き込む脳梗塞でも、初期には大脳皮質症状が目立たないことがあります。そもそも、大脳皮質症状の診察は難しい。
それでも、最初の仮説としては十分に使える。
次に画像のどこを見るか。主幹動脈をどう評価するか。心房細動や塞栓源をどこまで探すか。
その思考の向きを決めるための仮説です。
僕が覚えているのは、この二行です
大脳皮質症状があるなら、アテローム血栓性脳梗塞か心原性脳塞栓症。
大脳皮質症状がなく、麻痺だけならラクナ梗塞。
失語・失行・失認を学ぶ目的は、定義を暗唱することではありません。
脳梗塞を疑ったその場で、病型の当たりをつけること。
僕の場合、この知識が臨床で最も働くのは、その瞬間です。