2026年7月5日(日)静岡市清水文化会館マリナート。
妻に誘われて、アンジェラ・アキさんのコンサートに行ってきました。
正直に言うと、僕はアンジェラ・アキさんについて、ほとんど知りませんでした。
知っていたのは、「手紙 ~拝啓 十五の君へ~」を歌っている人、ということくらいです。
だから、コンサートに行く前の僕は、
「手紙の人を見に行く」
という感覚でした。
ところが、見終わったあとの印象は、少し違いました。
「手紙」を知っているだけだった僕が、アンジェラ・アキさんという音楽家を、もう少し知りたくなっていました。
オープニングでは、舞台の前に半透明のスクリーンが降りていました。
スクリーンの上半分には、アンジェラさんの日常の映像。
下半分には、実際に演奏しているアンジェラさんの姿が透けて見える。
映像の中の日常と、目の前にいる現在のアンジェラさん。
この2つが重なる演出でした。
単なるライブの始まりというより、舞台作品の幕開けのようでした。
清水マリナートなのに、少しブロードウェイのようだと思いました。
もちろん、僕はブロードウェイに行ったことはありませんけどね。
中盤には、ピアノ弾き語りがありました。
多くのピアノ弾き語りでは、観客は奏者の横顔を見ることになります。
しかし、この日のピアノは、舞台中央の最前列に置かれていました。
アンジェラさんは、観客席側を向いて歌っていました。
横から見る弾き語りでは、観客はまだ安全な場所にいます。
歌っている人の世界を、少し離れたところから眺めることができる。
でも、真正面から歌われると、そうはいきません。
歌は、こちらに向かって差し出される。
観客も、ただの傍観者ではいられなくなる。
この日のピアノ弾き語りには、そんな静かな圧がありました。
「手紙」の人らしい、歌の届け方だと思いました。
歌唱力も印象的でした。
アンジェラさんは、ふらっと舞台にやってきて、自然に話して、自然にピアノに触れて、気づいたら高い水準の歌が始まっている。
もちろん、実際には入念に準備されているはずです。
でも、準備の跡を見せない。
歌唱力が、身体の中に入りきっているように見えました。
僕は、アンジェラさん、DREAMS COME TRUEの吉田美和さん、坂本冬美さんのような歌手には、共通点があると感じています。
何を歌っても、軽く歌いこなせる。
発声、音程、リズム、言葉の扱い。
そういう基礎が高い水準で安定しているから、難しさが表に出ないのだと思います。
ただ、僕自身がより深く惹かれるのは、徳永英明さんのような歌唱です。
余裕で結果を出す人よりも、十分に準備を整えて、ぎりぎりのところで結果を出す人のほうに、僕はどうしても心を寄せてしまいます。
それでも、この日のアンジェラさんの歌には引き込まれました。
もうひとつ、面白いことがありました。
開演前にグッズ売り場を見ると、タオルやバッグはそれなりに売れていました。
一方で、CDはあまり売れていないように見えました。
おそらく、僕のように「手紙」は知っているけれど、それ以外の曲はあまり知らない、という人が多かったのではないでしょうか。
ところが、終演後に見ると、CD売り場に長い列ができていました。
これは、かなり重要な現象だと思います。
コンサートには、2種類あります。
1つは、すでに知っている良いものを確認しに行くコンサート。
もう1つは、なんとなく行ってみて、そこで感動し、帰りにCDを買うコンサート。
今回のアンジェラ・アキさんのコンサートは、明らかに後者でした。
開演前には、まだ買う理由がなかった。
でも、終演後には、音楽を家に持ち帰りたくなった。
経営の言葉で言えば、これは新規顧客の獲得に成功している、ということなのだと思います。
「手紙の人」を確認しに来た人が、
「アンジェラ・アキという音楽家」を持ち帰ろうとしていた。
過去の代表曲だけで客席を満足させたのではなく、ライブ本編で、今のアンジェラ・アキさんを売っていたのです。
サポートミュージシャンの存在も印象的でした。
アンジェラさんは、ドラムスを紹介するときに、「日本のトップ3に入る人」というように話していました。
長く表舞台から離れていたアンジェラさんのコンサートに、日本トップクラスのドラマーが参加している。
これは、単なる懐かしさだけでは説明できないと思います。
プロの演奏家は、自分の時間と名前を預ける相手を選びます。
その人の音楽に参加する価値がある。
一緒に演奏して面白い。
そう思えるからこそ、その舞台に立つのだと思います。
つまり、アンジェラ・アキさんは、過去の代表曲の中に保存されている人ではなく、今もプロの現場で選ばれている音楽家なのだと感じました。
僕は、アンジェラ・アキさんについて詳しいわけではありません。
熱心なファンとして見に行ったわけでもありません。
でも、だからこそ分かったこともあります。
詳しく知らない人間にも届く力がある。
代表曲以外の曲でも、会場を持っていける。
ライブの前と後で、観客の行動を変えることができる。
「手紙」という代表曲を持っていることは、もちろん大きい。
でも、この日のコンサートは、過去の代表曲だけで成立していたわけではありませんでした。
僕は「手紙」を知っている人として会場に入りました。
そして帰るころには、アンジェラ・アキさんという音楽家を、もう少し知りたくなっていました。