一緒に働いた看護師さんの言葉で、今も覚えているものがあります。

判断に迷っていたときの一言。
患者さんの気持ちを教えてくれた一言。
後輩に向けて、ごく自然にかけていた一言。

言った本人は、もう忘れているかもしれません。

でも、僕は覚えています。

今回は、その中から10個。医師への報告だけでなく、患者さんや同僚との何気ないやりとりも入っています。

①「T先生、挿管をお願いします」

しびれましたよ。

相手を名前で呼んで、してほしいことを具体的に伝える。あの状況で、それができるんだな、と。

急ぐ場面では、誰に向けた言葉なのか、何を頼んでいるのかが、はっきりしていると助かります。

もちろん、挿管の適応は患者さんの状態や治療方針を踏まえて、医師が判断します。

そのうえで、自分が必要だと考えた対応を、医師に向かって言葉にできる。その看護師さんの一言が、強く印象に残っています。

②「この前の麻薬の件、調べてみたんですけど」

以前に話題になった医療用麻薬のことを、自分で調べて、声をかけてくれました。

仕事中に出てきた疑問は、その場を離れると忘れてしまうこともあります。忙しければ、なおさらです。

でも、その人は覚えていて、調べたことを持ってきてくれた。

僕がうれしかったのは、調べた内容に加えて、疑問をそのままにしなかったこと。そして、自分の中だけで終わらせず、共有してくれたことです。

ずっと一緒に働きたいな、と思いました。

③「様子みますね」

研修医のころ、当直中に病棟から呼ばれました。

老衰で最期を迎えようとしている患者さんを前に、僕は動けなくなっていました。

そのとき、看護師さんが言ってくれたのが、

「様子みますね」

でした。

患者さんのそばで、引き続き見てくれる人がいる。その一言に、助けられました。

いま同じ場面に立つなら、苦痛はないか、どのようなケアを続けるか、どんな変化があれば再び呼んでもらうかを、治療方針と合わせて確認したいと思います。「様子をみる」の中身を、医師と看護師で共有しておく。

あのころの僕は、看護師さんにずいぶん助けてもらっていました。

④「患者さんが先生に会いたがってますよ」

この情報は、ほんとうにありがたい。

医師に直接話すことと、看護師さんに話すことは、必ずしも同じではありません。診察のときには言えなかったことを、あとから看護師さんに話す患者さんもいると思います。

会いたいと思っていることが分かれば、僕から声をかけるきっかけになります。

検査の数値や体温と同じように、その人が何を気にしているのかも知っておきたい。

短い一言ですが、患者さんのところへ足を運ぶ理由を教えてくれています。

⑤「先生、今日の外来は予約がいっぱいですね」

これを言ってくれたのは、外来ではなく、病棟の看護師さんでした。

病棟にいながら、外来の予定にも目が届いている。

そのうえで、声をかけてくれる。

こういう一言をもらうと、その日の時間の使い方を考えやすくなります。自分の担当する場所の外にも目を向けてくれているのが、ありがたいんですよね。

⑥「今日のリハビリは3時からですよ」

朝の回診で、看護師さんが患者さんに伝えていました。

何時からリハビリがあるのか。

スタッフには分かっていても、患者さんにはまだ伝わっていないことがあります。予定が分かれば、トイレに行く時間や、少し休む時間も考えやすくなるでしょう。

医師は病状や治療の話をしていますが、患者さんは、その病院で一日を過ごしている。

予定を一言伝えるところにも、気配りがあるなと思いました。

⑦「39℃の熱が出てます。下痢も関節腫脹もありません」

熱があるという報告に、下痢や関節の腫れがないことまで添えてくれた。

こういう情報があると、発熱の原因を考える助けになります。

症状が「ある」ことだけでなく、確認したうえで「ない」と伝えることにも意味があります。医学では、こうした情報を陰性所見と呼びます。

ただし、下痢がなければ腸の病気ではない、関節が腫れていなければ関節の病気ではない、と決められるわけではありません。ほかの症状や診察所見と合わせて考えます。

それから、「確認していない」と「ない」は別です。分からないところは、分からないまま伝えてもらって構いません。緊急性のある変化は、情報がそろうのを待たずに知らせてほしい。

僕がこの報告に感心したのは、体温の数字に加えて、原因を考えるための観察があったことです。

⑧「その検査はなんで必要なの?」

研修医のとき、救急外来にいた先輩の看護師さんの口癖でした。

なかなか、いいところを聞いてきます。

何の病気を考えているのか。
検査の結果が出たら、何を判断するのか。
その結果で、治療や対応は変わるのか。

検査を頼むときに、自分でも確かめたい問いです。

患者さんに受けてもらう検査ですから、一緒に診療している看護師さんにも、理由が伝わっていた方がよい。その問いに答えようとすると、自分の考えも整理されます。

あの先輩、お元気にやってますか。

⑨「私、映画とかよく見に行きますよ」

これは、少し違う種類の一言です。

飲み会とか好きそうだなと、僕が勝手に思っていた看護師さんから聞いて、意外だったんですよね。

もちろん、飲み会が好きなことと、映画を見に行くことは、何も矛盾しません。僕の見方が大ざっぱだっただけかもしれません。

一緒に働いていても、知らないことはたくさんある。

こういう何でもない話が、妙に記憶に残っています。

⑩「さっきの対応、すごかったね!」

先輩の看護師さんが、後輩に言っていました。

うまくいかなかったことは、振り返る機会があります。うまくできたことは、そのまま次の仕事に流れていくことも多い。

そこを見ていて、言葉にして渡してくれる。

言われた後輩は、一生うれしいかもしれません。

僕まで覚えているくらいですから。