高齢者が下痢、食欲低下、ふらつき、肝機能障害で受診する。医師はまず病気を疑います。それは当然です。ただ、日々の診療ではもう一つ考えなければならない問いがあります。「これは薬で説明できないか」。この記事では、現在内服している薬の添付文書だけを電子カルテ上で束ね、医師が診療中に「薬のせいかもしれない」と立ち止まるための仕組みについて考えます。僕はそれを、「副作用コンパス」と呼んでいます。

その症状や検査異常は「薬」が原因では?

医師は、病気を診断するための武器をたくさん持っている。

血液検査。
尿検査。
心電図。
胸部レントゲン。
CT。
MRI。
エコー。
内視鏡。
培養検査。

もちろん、武器があるだけで診断できるわけではない。問診をして、診察をして、経過を見て、検査結果を組み合わせて考える。僕たちはそういう訓練を受けてきた。

ただ、日々の診療で、ずっと気になっていることがある。

患者さんの体調不良が、薬の副作用によるものかどうか。
この問いに対して、僕たちは十分な武器を持っているだろうか。

高齢者では、5種類以上の薬を飲んでいることは珍しくない。10種類を超えることもある。下痢、食欲低下、ふらつき、眠気、肝機能障害、腎機能悪化、意識障害。こうした症状で患者さんが受診したとき、医師はまず病気を疑う。

感染症ではないか。
悪性腫瘍ではないか。
心不全ではないか。
脳血管障害ではないか。
内分泌疾患ではないか。

それは当然である。

しかし、同時にもう一つ考えなければならない。

「これは薬で説明できないか」

この問いは、現場でしばしば後回しになる。
医師が副作用を軽く見ているからではない。薬剤性の体調不良を診断するための情報が、膨大で、散らばっていて、診察中に使える形で手元に出てこないからである。

添付文書を読めばよい。
それは正しい。

ただ、目の前の患者さんが10種類の薬を飲んでいるとき、その10種類の添付文書をすべて読み、副作用、頻度、重大な副作用、相互作用、投与開始時期、年齢、腎機能、肝機能まで考えるのは簡単ではない。

人間の情報処理能力には限界がある。

僕の現場感覚として、薬の副作用による体調不良は、大量に見逃されていると思う。もちろん、証明するには丁寧な研究が必要である。ただ、日々の診療をしていると、「これは本当に病気だったのか」「薬をもっと早く疑えなかったのか」と思う場面は少なくない。

ここに、電子カルテが入る余地がある。

副作用コンパスという構想

僕が考えたのは、「副作用コンパス」という機能である。

電子カルテに、すべての薬の最新添付文書を読み込ませておく。
診察中、医師が患者さんの現在内服している薬の名前を手で入力する。
たとえば10種類の薬を入力したとする。
すると、その10種類の添付文書だけが一時的に展開される。

医師は、その10種類の添付文書だけを情報源として、AIと会話する。
いわば、電子カルテ内の NotebookLM だ。

たとえば、こう聞く。

「この患者さんは2週間前から下痢があります。この10剤の中で、添付文書上、下痢が副作用として記載されている薬を整理してください」

あるいは、こう聞く。

「この中で、ふらつきを起こしやすい薬はありますか?」

「一カ月前は正常値でしたが、今日は AST 78、ALT 122、ALP 152、γGTP 65 でした。薬が原因でしょうか?」

「腎機能が悪くなっています。原因として薬は考えられますか?また、結果として減量すべき薬は何でしょうか?重要な順にリストアップしてください」

「この10剤の中で、相互作用として注意すべき組み合わせはありますか」

AIは、その10種類の添付文書だけを根拠に答える。
知らないことを想像して答えない。
添付文書に書いていないことは、「添付文書上は確認できない」と返す。
医療AIで最も怖い、ハルシネーションを抑える。

これだけでよい。

なぜ手入力でよいのか

電子カルテの処方データと連携させる必要はない。
むしろ、手入力という仕様が良いと思う。

僕は総合病院で勤務しているが、初診や救急の患者さんは普通、
他の病院やクリニックにかかっている。
なので、内服薬は当院処方薬ではない。
電子カルテの処方履歴には存在しない薬を飲んでいるのだから、手入力になる。

患者さんが飲んでいる薬をすべて医師が確認するという理由で
お薬手帳から電子カルテへの「写経」もまた意味があると思っている。

それから、電子カルテ連携を最初から求めると、開発が重くなる。薬剤マスタ、持参薬、院外処方、後発品名、一般名、商品名、過去処方。考えることが一気に増える。

まずは医師が手で入力する。
現在飲んでいる薬を入れる。
その薬の添付文書だけを読む。

この小さな形から始める方がよい。

診療中に医師が「これは薬かもしれない」と思った瞬間に、さっと薬剤名を入力する。
そしてAIに聞く。

その程度の軽さが、現場では大事である。

既存商品との比較

薬剤相互作用チェックや処方時アラートは、すでに多くの電子カルテに入っている。

それは、「この薬を出してよいか」を助ける機能である。

僕が考えている副作用コンパスは、そこではない。

すでに体調を崩している患者さんを前にして、医師が「これは病気なのか、薬なのか」と考える場面を支える機能である。

処方時チェックではなく、診断時の副作用鑑別。

ここが違う。

電子カルテは、記録する道具から診断を支える道具へ

電子カルテは、これまで主に記録する道具だった。
オーダーを出し、検査を確認し、処方し、看護記録を読み、会計につなげる。

もちろん、それだけでも大きな価値がある。

ただ、これからの電子カルテは、それだけでは足りないと思う。

診療中の医師が、何を疑うべきか。
どこに見落としがあるか。
どの情報を今見るべきか。

そこを支える道具になっていく必要がある。

副作用コンパスは、その一つの入口になる。

薬剤性を疑う力は、医師個人の記憶力だけに依存させるには、もう限界がある。
少なくとも、電子カルテは「薬かもしれない」と医師が立ち止まるための道具にはなれると思う。

前提・分析・結論

前提:高齢者では多剤内服が珍しくなく、下痢、食欲低下、ふらつき、肝機能障害などの背景に、薬の副作用が隠れていることがある。しかし、複数薬剤の添付文書を診察中に横断して確認することは、現実にはかなり難しい。

分析:現在の添付文書は薬剤ごとに整理されているが、診療現場で医師が知りたいのは「この患者さんのこの症状は薬で説明できるのか」である。副作用コンパスは、現在内服している薬の添付文書だけを束ね、患者起点・症状起点で確認できるようにする仕組みである。

結論:副作用コンパスは、医師の代わりに診断するAIではなく、薬剤性を見落とさないための診療支援ツールである。電子カルテは、記録する道具から、診断中の医師を支える道具へ進化できると思う。

こあら先生のひとりごと

臨床の順番として、僕は常に、薬から考えることにしています。