本文
脳梗塞の病型分類は、診断名というより処方の分岐だと思っています。
何が起きたかを言い当てるためのラベルというより、次に何を使うかを決めるための整理です。
塞栓なのか、血栓なのか。
どこで詰まり、どこから来たのか。
ここを外すと、薬剤選択は簡単にズレます。
まず、3つを整理します。
心原性脳塞栓症
FACT
心臓の中にできた血栓が飛び、脳血管を閉塞します。
心房細動が代表例ですが、急性心筋梗塞や拡張型心筋症など、左室機能が低下している場面でも、心腔内血栓は形成されやすくなります。
意見
ここは塞栓性機序として割り切りやすい病型です。
治療の軸は抗凝固薬。
迷うのは開始時期であって、病型そのものを迷うことは多くありません。
ラクナ梗塞
FACT
穿通枝領域の細い血管が閉塞して起こる小梗塞です。
放線冠などに小病変を認め、臨床的には、いわゆる麻痺だけ梗塞として出会うことが多い。
意見
ここを塞栓と誤認すると、その後の判断がすべて狂います。
抗血小板薬の領域です。
画像と症状が一致しているか、この一点だけは毎回立ち止まって確認したいところです。
アテローム血栓性脳梗塞
FACT
脳梗塞病変よりも近位部の太い動脈に、50%以上の狭窄を認める場合に診断されます。
意見
ここが少し厄介です。
動脈硬化による血栓性機序だけと考えると、実際の像と合わないことがあります。
プラークが破綻して遠位を詰めれば、見た目は塞栓症です。
つまり、動脈原性の塞栓性機序が混ざる。
ただし、塞栓っぽいからといって、すぐ抗凝固に寄せると、次の落とし穴に入ります。
ESUS(Embolic stroke of undetermined source)で起きやすい判断の揺れ
FACT
ESUS(塞栓源不明の脳塞栓症)は、画像上は塞栓症だが、入院時評価で明確な塞栓源が同定できない群をまとめた概念です。
意見
現場では、こう感じることが多いと思います。
急性発症で、多発し、皮質を巻き込む。
どう見ても塞栓症。
それなのに、心房細動が見つからない。心エコーも大きな異常はない。
このとき、頭の中で
「塞栓=抗凝固」
という回路が自動的に立ち上がります。
ここが、一番危ないところです。
ガイドラインはどう書いているか
FACT
ESUS患者を対象とした大規模試験では、DOACはアスピリンに対して脳卒中再発抑制の優越性を示せず、出血リスクが増加しました。
この結果を受け、ESUSに対する routine の抗凝固療法は推奨されない、という整理がされています。
国内ガイドラインでも、
ESUSではアスピリンが妥当、
DOACは勧められない、
という立場が示されています。
意見
私はこれを、学術的な結論というより、説明責任の境界線として読んでいます。
塞栓っぽいから抗凝固を始めた。
出血した。
あとから理由を問われる。
そのときに支えになるのは、その場の感覚ではなく、ガイドラインと添付文書です。
そこを外れた瞬間、議論の土俵は医療から別の場所に移ります。
では、どうするか
意見
私がやっていることは、シンプルです。
まず抗血小板薬で固めたうえで、
見落としやすい塞栓源を、もう一段掘ります。
発作性心房細動は、1回のホルターでは終わりません。
72時間モニタリングしても、何も出ないことはあります。
そのうえで、
左房径、左心耳、弁膜症、心筋症の匂いを拾い直す。
もう一つ、別レーンで常に意識するのが、感染性心内膜炎です。
熱がなくても、否定はできません。
血液培養を取るかどうかは、画像よりも臨床経過と身体所見で決めています。
そうやって、心原性が確からしくなった段階で、抗凝固に移る。
私はその順番を守っています。
秘書ユナのコメント
ESUSは、診断がついた瞬間に迷いが終わる病名ではなく、
むしろ「どこまで疑い続けるか」を問われる状態だと感じました。
本文で示されているのは、
何をするか、よりも、
何を急がないか、という判断です。
塞栓に見える画像に引きずられず、
ガイドラインと責任の線引きを頭に置いたまま、
一段ずつ原因を掘り直す。
忙しい現場ほど、この順番が後回しにされがちですが、
だからこそ、文章として残しておく意味があるのだと思います。
こあら先生のひとりごと
例えば、リクシアナの添付文書を見てみてください。効能又は効果のところに書いてあるのは、心房細動・深部静脈血栓症・肺血栓塞栓症・慢性血栓塞栓性肺高血圧・下肢整形外科手術時の静脈血栓塞栓症の予防です。「脳梗塞の再発予防」的なことは書いてないんですよね。
参考文献
Hart RG, Sharma M, Mundl H, et al.
Rivaroxaban for Stroke Prevention after Embolic Stroke of Undetermined Source.
New England Journal of Medicine. 2018.
論文全文はこちら(NEJM)
参考文献
American Heart Association / American Stroke Association.
2021 Guideline for the Prevention of Stroke in Patients With Stroke and Transient Ischemic Attack.
AHA/ASA 公式サイト.
ガイドライン全文はこちら(AHA/ASA)
最終閲覧日:2026年1月17日