医療現場で「高齢者で要注意の薬」と聞いて、まず思い浮かぶのはベンゾジアゼピンと抗コリン薬でしょう。ここまでは、多くの医師・看護師が共有している前提だと思います。

ただ、抗コリン薬については「何となく危ない」という感覚だけで、日常診療が進んでしまっている場面も少なくありません。そこに、一つの整理軸を与えてくれるのが、日本版抗コリン薬リスクスケールです。

このスケールは、日本老年薬学会が中心となって作成したもので、個々の薬剤が持つ抗コリン作用を点数化し、併用時のリスクを可視化する仕組みです。ネット上で全文が公開されており、誰でも確認できます。



参考文献
一般社団法人 日本老年薬学会.
日本版抗コリン薬リスクスケール(第2版).
日本老年薬学会 公式サイト.
ガイドライン全文はこちら(日本老年薬学会)
最終閲覧日:2025年12月16日

日常診療での場面を一つ想像してみます。

「おしっこが近い」と訴える高齢患者さんがERを受診する。数か月前から続いている。尿検査では明らかな感染所見はない。さて、どう考えるか。

ここで安易に「過活動性膀胱だろう」と判断し、バップフォーなどの抗コリン薬を追加する。その判断が、別の問題を静かに悪化させている可能性があります。

抗コリン薬の代表的な副作用は、口腔内乾燥と便秘です。これは教科書的な知識ですが、高齢者ではこの二つが連動して「食欲不振」という形で現れることが少なくありません。口が乾く。食事が美味しく感じない。便秘が続く。結果として、食事量が落ち、体力が低下する。

診断名としては曖昧な「食欲不振」でも、その背景に薬剤性の要因が隠れているケースは、現場感覚として決して珍しくないと思います。

日本版抗コリン薬リスクスケールでは、例えば以下のように点数化されます。

バップフォー 3点   ガスター 1点   トラマドール 2点

この3剤を内服していると、合計6点になります。点数が積み上がるという事実そのものが、抗コリン負荷(anticholinergic burden)が高まっているサインです。

ここで重要なのは「何点以上でアウト」という単純な線引きではありません。点数が見えることで、症状と薬剤を結びつけて再考するきっかけが生まれる点に、このスケールの価値があります。

頻尿。 便秘。 口渇。 食欲低下。

これらを別々の問題として扱うのではなく、「薬剤起因性老年症候群」という一つの流れとして眺め直す。その視点を持つだけで、処方の優先順位や減薬の判断は大きく変わってきます。

過活動性膀胱の治療薬は抗コリン薬だけではありません。β3作動薬など、選択肢は確実に増えています。それでもなお抗コリン薬を使うなら、その理由を自分の中で言語化できているか。そこが問われているように感じます。

こあら先生の現場感覚としては、「高齢者の食欲不振」を見たとき、まず薬剤歴を丁寧に眺める。その中に抗コリン薬があれば、一度立ち止まる。そんな流れが自然だと考えています。

前提・分析・結論

前提 ・高齢者では抗コリン薬が多彩な症状を引き起こし得る ・日本版抗コリン薬リスクスケールは公開されており誰でも参照できる

分析 ・頻尿に対する抗コリン薬追加が、口渇・便秘・食欲不振を連鎖的に悪化させる可能性がある ・点数化により抗コリン負荷を俯瞰できることで、症状と薬剤を結びつけやすくなる

結論 ・高齢者診療では、症状を見る前に処方全体を見る視点が欠かせない ・抗コリン薬は「使える薬」だが、「使いどころ」を誤ると静かに不利益を積み上げる

秘書ユナのコメント

日本版抗コリン薬リスクスケールは、知識というより「考え直すための道具」だと感じます。症状が増えたとき、新しい薬を足す前に、点数を合計してみる。その一手間が、診療の質を確実に底上げします。

こあら先生のひとりごと

高齢者 その食欲不振は 抗コリン薬かな

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