貧血の患者さんがいたとします。
LDHは高め、間接ビリルビンも上がっている。
まず頭に浮かぶのは、溶血性貧血です。
溶血性貧血と考えたら、次に確認するのは直接クームス試験。
この検査は、赤血球の表面に自己抗体や補体が付着しているかを見ています。
直接クームスが陽性。
この時点で、自己免疫性の溶血性貧血を考える。
ここまでは、多くの医師が同じ道をたどると思います。
問題は、その次です。
直接クームス陽性は、
自己免疫性の溶血性貧血という入口に立ったことを示すだけで、
病型が確定したわけではありません。
自己免疫性の溶血性貧血は、大きく三つに分かれます。
(1)温式自己免疫性溶血性貧血
wAIHA
warm autoimmune hemolytic anemia
(2)寒冷凝集素症
CAD
cold agglutinin disease
(3)発作性寒冷ヘモグロビン尿症
PCH
paroxysmal cold hemoglobinuria
いずれも自己免疫の機序で溶血が起こりますが、
関与する抗体と、溶血の起こり方は異なります。
温式自己免疫性溶血性貧血では、IgG抗体が主体です。
赤血球は主に脾臓で破壊され、ステロイドが効きやすい。
寒冷凝集素症では、IgM抗体と補体が主体になります。
低温環境でIgM抗体が赤血球に結合し、補体が活性化されます。
その後、常温に戻るとIgM抗体そのものは赤血球から外れますが、
補体が赤血球表面に残ります。
このため、寒冷凝集素症でも直接クームス試験は陽性になります。
発作性寒冷ヘモグロビン尿症では、
Donath–Landsteiner抗体による二相性溶血が特徴です。
低温で抗体が結合し、再加温で補体が活性化されます。
この違いは、そのまま治療反応性の違いとして表れます。
ここで、よくある場面を考えます。
溶血性貧血。
直接クームス陽性。
この時点で、温式自己免疫性溶血性貧血と判断し、
プレドニンを開始した。
しかし、まったく効かない。
このとき、
「続発性の温式自己免疫性溶血性貧血ではないか」
と考えて、膠原病や悪性リンパ腫を探しに行くことがあります。
もちろん、それが必要な場面もあります。
ただ、その前に一度、立ち止まりたい。
本当に、温式自己免疫性溶血性貧血なのか。
寒冷凝集素症や、発作性寒冷ヘモグロビン尿症ではないだろうか。
日本の一般的な外注検査では、
直接クームス試験の内訳を
IgGかC3dかに分けて確認できないことが少なくありません。
その現場では、
直接クームス試験の内訳を直接確認できない代わりに、
寒冷凝集反応や血液塗抹所見が、実質的な分岐点になります。
私が経験したケースでは、
寒冷凝集反応を測ってみたところ、
52万4288倍という結果が返ってきました。
あまりの数字に、思わず検査室へ電話しました。
すると、
「塗抹標本で赤血球凝集像もありますよ」
と返ってきました。
その一言で、頭の中の景色が変わりました。
診断は、ほぼ一気に寒冷凝集素症へ傾きます。
寒冷凝集反応が異常高値。
血液塗抹標本では赤血球凝集像。
検査室が寒い、という環境要因まで含めると、
話が一本につながります。
原因検索としては、
小児ではマイコプラズマ感染、
高齢者では悪性リンパ腫などを考えます。
それらが否定されれば、
特発性の寒冷凝集素症という判断になります。
この場合、
プレドニンは中止し、
まずは温かく過ごしてもらう。
派手な治療ではありません。
けれど、診断としては、とても大事な分岐点です。
前提・分析・結論
前提
・溶血性貧血を疑ったとき、直接クームス試験は診断の初期段階で必ず確認される検査である
・直接クームス試験陽性は、「自己免疫性の溶血性貧血」という枠組みを示す所見として広く理解されている
・一方、日本の一般的な外注検査では、直接クームス試験の内訳(IgG か 補体か)を詳細に把握できないことが少なくない
・そのため、病型が未確定のまま治療が開始される状況が、臨床現場では起こり得る
分析
・直接クームス試験陽性は、「自己免疫性の溶血性貧血」という入口に立ったことを示すに過ぎず、病型の確定を意味しない
・自己免疫性の溶血性貧血の中には、温式自己免疫性溶血性貧血、寒冷凝集素症、発作性寒冷ヘモグロビン尿症といった異なる病型が含まれる
・これらは関与する抗体、補体の関わり方、溶血の起こり方が異なり、治療反応性も大きく異なる
・寒冷凝集素症では、常温環境では IgM 抗体は赤血球から外れる一方、補体が赤血球表面に残るため、直接クームス試験は陽性となる
・直接クームス試験の内訳を確認できない現場では、寒冷凝集反応や血液塗抹標本所見が、実質的な鑑別の分岐点となる
・ステロイドが無効な場合、「続発性の温式自己免疫性溶血性貧血」と考える前に、病型そのものを再検討する余地がある
結論
・直接クームス試験陽性を、「自己免疫性の溶血性貧血」という大きな括りの確認で止めない
・ステロイドが効かないときは、原因検索を広げる前に、まず病型を立ち止まって見直す
・直接クームス試験の内訳が見えない状況では、寒冷凝集反応と血液塗抹所見を丁寧に拾うことが重要になる
・派手な治療介入よりも、「どの病型に立っているのか」を確認する判断そのものが、診療の流れを大きく変える
参考文献
溶血性貧血の症状と診断
平成29年度 日本内科学会 生涯教育講演会Bセッション.
溶血性貧血の病態整理、診断アプローチ(直接クームス試験を含む)について、日本の内科医向けに解説された総説.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/107/3/107_487/_article/-char/ja/
最終閲覧日:2026年2月10日