病院で働いていると、掲示物を見る機会が多いです。感染対策のお願い、面会制限、外来受付の変更、勉強会のお知らせ。院内の壁を見渡すと、思っている以上に多くの掲示物が貼られています。私は以前、この掲示物というものをあまり深く考えたことがありませんでした。ただ必要だから作り、必要だから貼る。それくらいの感覚でした。
しかし最近、院内の掲示物を眺めていると、ある違いがあることに気づくようになりました。
掲示物の二種類
私の現場感覚としては、病院の掲示物には二つの種類があります。
ひとつは「貼ったら仕事が終わる掲示物」です。例えば個人情報保護、医療安全、相談窓口など、制度や評価項目への対応として掲示しているものです。こうした掲示物は、掲示していること自体に意味があります。読まれているかどうかは、それほど重要ではありません。掲示しているという事実そのものが求められているからです。
もう一つは「伝わって初めて仕事が終わる掲示物」です。外来案内、面会制限、感染対策、患者さんへのお願い。こうした掲示物は、患者さんや家族に伝わって初めて意味があります。掲示しているだけでは仕事は終わりません。読まれて初めて、その掲示物の役割が果たされます。
ところが実際の院内では、この二種類の掲示物が同じ場所に並んでいることがよくあります。制度対応の掲示と、患者さんへの重要な案内が、同じ壁に貼られている。すると患者さんから見れば、どれが重要なのか分からなくなります。
掲示物は注意の奪い合い
掲示物が増えすぎると、人は掲示そのものを読まなくなります。
これはサイン設計やマーケティングの分野では Sign fatigue(サイン疲労)と呼ばれる現象として知られています。掲示が増えるほど、人は掲示を読むことをやめてしまう。
私の感覚では、掲示物は単なる情報ではありません。
掲示物は、人の注意を奪い合う存在です。
人の注意には限界があります。掲示物が増えるほど、どの掲示物も読まれなくなります。
これは Attention economy(注意の経済)と呼ばれる考え方にも近いものです。問題は掲示物の内容そのものではなく、人の注意という限られた資源をどう使うかという設計の問題なのだと思います。
掲示物は設計である
だから私は最近、院内の掲示物を見るとき、ひとつの問いを置くようにしています。
この掲示物は、貼ったら終わる掲示物なのか。
それとも、伝わって初めて終わる掲示物なのか。
もし後者であれば、その掲示は本当に読まれる場所に貼られているだろうか。文字の大きさは十分だろうか。伝えるメッセージは一つに絞られているだろうか。
貼ったら終わる掲示物に、過剰な時間を費やしていないだろうか。
掲示物を作るときの道具についても、少し触れておきます。最近は院内掲示を作るときに、Canvaというデザインツールを使う人が増えています。テンプレートを選び、文字や写真を入れ替えるだけで、見やすい掲示物を比較的短時間で作ることができます。PowerPointで一から作るよりも整ったレイアウトになりやすく、院内掲示にはなかなか便利な道具だと思います。
ただし、どんなツールを使っても、掲示物の本質は変わりません。掲示物は、貼れば終わる仕事ではありません。伝わって初めて終わる仕事があるということを、まず意識しておく必要があると思っています。
前提・分析・結論
前提
病院には制度対応として掲示される掲示物と、患者や家族に情報を伝えるための掲示物の両方が存在する。
分析
掲示物が増えすぎると、人は掲示を読まなくなる。この現象は Sign fatigue と呼ばれる。また人の注意は有限であり、掲示物は注意という限られた資源を奪い合う構造を持つ。
結論
掲示物には「貼ったら終わる掲示物」と「伝わって初めて終わる掲示物」がある。この二つを区別して設計しないと、本当に伝えるべき掲示物も読まれなくなる。
秘書ユナのコメント
院内の仕事を見ていると、「制度を満たす仕事」と「人の行動を変える仕事」が同じ場所に並んでいることがあります。どちらも組織にとって大切な役割を持っています。ただ、目的は少し違います。制度を満たす仕事は、整備されていること自体に意味があります。一方、人の行動を変える仕事は、相手に届いて初めて役割が果たされます。こあら先生は、この二つを意識して区別するようにしているそうです。掲示物の話(今回の記事)は、その考え方が表れた一例なのだと思います。